NEVER TOO LATE
テニス界に坂井利彰というプロテニスプレーヤーがいます。ツアープロ時代には、オーストラリアオープンの予選で活躍するなどして世界ランキングも400位くらいまでいった凄腕です。現在は、ツアープロからは引退したものの、プロテニスプレーヤーとして慶応大学の庭球部の監督をつとめている、熱血漢のナイスガイです。
テニス界において、彼はとても変わった経歴の持ち主で、大学時代に大活躍をした直後はプロにならず、日本興行銀行に就職をし、普通のサラリーマン生活を送りました。そして、それから体力的に盛りを過ぎた28歳になってから、周りの大反対を押し切って、プロのテニスプレーヤーになることを決意したのです。
年齢的、体力的なこと、トッププレーヤーとしての長いブランク、そして当時の安定的な収入・地位などの状況を考えますと、かなり無謀なチャレンジだと言われ、賛成する人はごくごくわずかな人間だけでありましたし、彼のことを親身に考える人であればあるほど大反対した、という状況であったと思います。
実は、彼とはソニー株式会社時代の部署の先輩、後輩(彼は興銀からソニーに転職してきたのです)の間柄で、今をさかのぼる7年ほど前に、彼がこの決断をするかどうかの時に、相談を受けました。品川のレストランでお昼ごはんを一緒にしながら、彼のテニスにかける熱い思い、決断への不安等々を聞きました。私も、ソニーを辞めて、長年の希望であった起業をしようとちょうど考えていたころでしたので、彼に起業への思いを告白したうえで、大賛成しました。坂井君はテニス、私はビジネス。
フィールドは違うものの、熱い思いに正直に、そして全力で夢をかなえよう!大きくなって、成功して、また会おう!と約束を交わし、その後二人はほぼ同時にソニーを卒業しました。そして、それから電話では話したりしたものの、顔を合わせたのは、正にそれ以来、初めてでした。
7年経った今、彼は、すごく輝いていました。最高に幸せそうでした。
彼のモットーは、NEVER TOO LATE。適齢期を遥かに過ぎた28歳であろうと、彼は夢を追いました。決して遅過ぎるとあきらめず、32歳で引退するまでの4年間、最高に充実した日々を過ごしたはずです。人は、彼が就職せずに若いうちにプロになっていれば・・・なんて言うんでしょうけれど、私は彼が最高のタイミングでプロになったと思っています。
大きな夢を追っかけて、二人同時にソニーを飛び出て無我夢中の7年強。彼には、私は、輝いて見えたのかな・・・
テニス界において、彼はとても変わった経歴の持ち主で、
年齢的、体力的なこと、トッププレーヤーとしての長いブランク、
実は、彼とはソニー株式会社時代の部署の先輩、後輩(
フィールドは違うものの、熱い思いに正直に、
7年経った今、彼は、すごく輝いていました。
彼のモットーは、NEVER TOO LATE。適齢期を遥かに過ぎた28歳であろうと、彼は夢を追いました。決して遅過ぎるとあきらめず、
大きな夢を追っかけて、































