社長ブログ

2009年3月17日 13:22

NEVER TOO LATE

テニス界に坂井利彰というプロテニスプレーヤーがいます。ツアープロ時代には、オーストラリアオープンの予選で活躍するなどして世界ランキングも400位くらいまでいった凄腕です。現在は、ツアープロからは引退したものの、プロテニスプレーヤーとして慶応大学の庭球部の監督をつとめている、熱血漢のナイスガイです。

テニス界において、彼はとても変わった経歴の持ち主で、大学時代に大活躍をした直後はプロにならず、日本興行銀行に就職をし、普通のサラリーマン生活を送りました。そして、それから体力的に盛りを過ぎた28歳になってから、周りの大反対を押し切って、プロのテニスプレーヤーになることを決意したのです。

年齢的、体力的なこと、トッププレーヤーとしての長いブランク、そして当時の安定的な収入・地位などの状況を考えますと、かなり無謀なチャレンジだと言われ、賛成する人はごくごくわずかな人間だけでありましたし、彼のことを親身に考える人であればあるほど大反対した、という状況であったと思います。

実は、彼とはソニー株式会社時代の部署の先輩、後輩(彼は興銀からソニーに転職してきたのです)の間柄で、今をさかのぼる7年ほど前に、彼がこの決断をするかどうかの時に、相談を受けました。品川のレストランでお昼ごはんを一緒にしながら、彼のテニスにかける熱い思い、決断への不安等々を聞きました。私も、ソニーを辞めて、長年の希望であった起業をしようとちょうど考えていたころでしたので、彼に起業への思いを告白したうえで、大賛成しました。坂井君はテニス、私はビジネス。
フィールドは違うものの、熱い思いに正直に、そして全力で夢をかなえよう!大きくなって、成功して、また会おう!と約束を交わし、その後二人はほぼ同時にソニーを卒業しました。そして、それから電話では話したりしたものの、顔を合わせたのは、正にそれ以来、初めてでした。

7年経った今、彼は、すごく輝いていました。最高に幸せそうでした。

彼のモットーは、NEVER TOO LATE。適齢期を遥かに過ぎた28歳であろうと、彼は夢を追いました。決して遅過ぎるとあきらめず、32歳で引退するまでの4年間、最高に充実した日々を過ごしたはずです。人は、彼が就職せずに若いうちにプロになっていれば・・・なんて言うんでしょうけれど、私は彼が最高のタイミングでプロになったと思っています。

大きな夢を追っかけて、二人同時にソニーを飛び出て無我夢中の7年強。彼には、私は、輝いて見えたのかな・・・

2009年3月10日 10:33

HASBRO社とDLE

先週は、DLEの株主であり、アメリカのビジネスパートナーでもあるHASBRO社の連中が来日していました。HASBRO社は、日本では知る人ぞ知る、人生ゲームやモノポリー、ジェンガ等の世界を代表するゲームの権利元であり、さらには、トランスフォーマーやGI JOE等をハリウッド映画にして各地に仕掛けている、世界を代表する玩具&キャラクター&ゲーム会社です。

HASBRO社との出会いは5年ほど前のことでした。私が懇意にしていた当時のWarner Brothers Animation社の社長Sander Schwartz氏がHASBRO社の副社長を紹介してくれたのです。それがきっかけでHASBRO社の面々とコミュニケーションを始めた結果、一人で自宅のクローゼットで仕事をしていた無名の私を信頼してくださり、プロデューサー兼コンサルタントとして年間契約してくれたのでした。それ以来、DLEは、多数の海外の有力会社や日本の玩具会社との関係ができ、今でも、海外と玩具に関しては、映像業界らしからぬノウハウやコネクションがあります。

前述の通り、HASBRO社のビジネスパートナーとして5年ほど経ちましたが、今でも変わらぬ信頼関係が築けていることはDLEの誇りです。その5年の間にDLEも大きくなりまして、今や、色々なビジネスにおいて、HASBRO社のパートナーとして活躍できるようになりました。

半年以内には、HASBRO社との新たなビジネスを発表するタイミングが来ると思います。プレスリリースを楽しみにしていてくださいね。

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